スポーツトレーナー始末記 〜養生指南・最上晴朗〜

コンディショニング&アスレティックトレーナーや手技療法師を生業としつつ関連業界にて幅広く活動中。トレーナー業務・スポーツ関連仕事記録・トレーニング観・人体観・健康観など。

“ことば”関連

名物社長のスマート経営哲学

新聞記事にテレビ通販大手、
「ジャパネットたかた」の高田社長のコメントが出ていた。




私は通販の世界のことはよく分からないが、
ある時期から頻繁にテレビに流れるようになった、あの顔、あの甲高い声。




他の通販と何が違うのか、全く検証していないので何も語れないが、
番組制作は全て自社、
自前のスタジオを所有、
本社は長崎・佐世保。



これぐらいしか知識はないが、
何か独自性があるから、ここまで躍進しているのだろう。





あまり馴染みのない世界だが、
四年前の顧客情報流出事件で、強くこの会社を認識したのを覚えている。


その対応は見事に素早く、
1ヶ月半の全社営業自粛を早々に決めた。
そしてテレビで率直に誤り、自粛期間の間に再発防止の策を講じ、
それが信頼性を増すことになり、今では売上高1161億円の大企業。





その高田社長の経営哲学が伺える言葉があった。







「私は会社を売り上げでは考えていません。
実際、これまで二回、わざと前年比で売り上げを伸ばさなかったことがあります。
急激に伸ばすと、受注が取れないとか配送が遅れるとか、どうしてもひずみが出る。
顧客満足度を下げたくないから、
あえてコントロールした時代があった。」



「将来は一億円ですかと聞かれるが、とんでもない話。
何もないところを見ても夢のまた夢になる。
夢を達成するには、一歩出せば二歩目が出る、そういうスモールステップを積み上げていくしかないんです。
売り上げより、その会社の価値観を世の中に出していくことが企業の役割だと思っています。」








あの見事な謝罪会計と、迅速な再発防止策の発表が記憶に新しい。




最近の食肉偽装事件やうなぎロンダリング問題。


その渦中の企業代表者の開き直りとも言える、
何ともみっともない恥知らずな会見。





それを連日見せられて、
ジャパネットの高田社長の潔さが、改めてクローズアップされた気がするのである。

「お蔭さまで」

あっという間に11月も半ば。


この年になると、判で捺したように、
この時期同じセリフを連発する。



「一年、早いね〜」




あたしなんか、
「ついこの間、年賀状書いた気がしますよ〜」
なんて、よく患者さんなんかと話したりする。



さすがにそれはオーバーだろ…
とも言われるが、
実感としてはホントにそんな感じ。





この手の会話は、あまり若い人はしないようだが、
歳を重ねると時間の進み方が違うからであるとも言われる。



それは、歳を重ねるほど、
何事においても「未経験」のことが少なくなるからである。




つまり、ほとんどの事柄が以前に経験してきていることで、
そういうことは段取りや対処なども分かっているが故に、
最初からストーリーが出来上がっている。



ある意味、始まりながら既に終わっている状態になり、
時間感覚が速く進行していくようだ。


まあ、もっとも未経験の事でも、
余りに入り組んだことだと、
それに忙殺されて、それはそれで時間が早く感じるが…





他にも、この時期、
定番の挨拶、

「めっきり冷えましたね〜」



暑くなったらなったで、
「暑くなりましたね〜」




毎年繰り返して起こる現象だから、
いちいち言わなくても良いじゃん、
てのは若憎の感覚。



こういう、当たり前の意味のない挨拶が出来ることが、
大人への登竜門。




若者たち、
こういう意味ない挨拶が出来て一人前。


覚えておきたまえ。







と、前置きはこれぐらいで…






先日もある患者さんとも話したのだが、
人ってやつぁ、歳を喰ってきて改めて感じることがある。




所詮、自分一人の力でやってきたことなどは、ほんの少しである、
ということである。



一見、
「オレ一人の力でここまで来た」
と息巻いても、そんなことは有り得ない。



そもそも生きて来られ、生活出来てこられただけでも、一人の力では有り得ない。
今使っている道具は誰かが作ったもので、
食べ物さえも誰かが採ったり加工したもの。



交通手段は誰かが操作し、道路や線路も同じ。



仕事も何から何まで一人で、ということも有り得ず、
もしかしたら「運」でさえ、
誰かの何かの力が関わっていないと起こり得ないかも知れない。



人を使う立場の人も、
実は自分に「使われてくれる」人がいて、その関係が成り立つ。
「先生」などと言っても、教わりたい人がいて成立する。




そのようなことは、
何も人ばかりではない。森羅万象、何かしらの目に見えない力によって、
人は影響を受け、
「生きている」のではなく、
実は「生かされている」のかも知れない。



目に見えない、もしかしたら物理的には存在しないかも知れない、
だが、確実に何かに支えられて「生きる許しを得ている」。




目に見えないが「陰の存在」。


それに対する感謝の気持ちが、

「お蔭さまで…」

という言葉、想いなのであろう。



もちろん、部下の方や自分に付いてきてくれる方々、
明らかな「お蔭様」には心からの感謝の意を表すべきである。




たとえ不器用であっても、
何らかの形で。




それは「有り難い」の精神にも通ずる。
(以前に当blogで書きました)


タモリのジャポニカ・ロゴス?

今年の正月の1月3日に放映された「タモリのジャポニカロゴス」という番組が面白かったので、
帰宅して途中からだったが、今日のPART?も見てみた。


さすがに前回ほどのインパクトは感じなかったが、
楽しく見ることが出来た。


今回は2時間の長丁場だったので、
無理やりに膨らましたのがミエミエで、
前半の方言にまつわる部分は、ちょっと興味が薄かったかな、と。


それでも金田一秀穂先生の解説も秀逸で、勉強になった。


中でも、
「歓喜」「有頂天」「狂喜」の喜びの違いについては
なるほど、と思った。

「歓喜」…周囲も巻き込む勢いで喜ぶ。
「有頂天」…鼻高々。やや自慢げに喜ぶ。
「狂喜」…完全に自分の世界に入って激しく喜ぶ。訳の分からない言葉が出る。



それにしても、前回の若村真由美さんもそうだが、
今回の松下由樹さんも、
やはりこういう台本の表現「ト書き」を演じ分ける
「プロの技術」に感服させられた。






アッパラパー

先日の事、学校で学生に試験を実施した時の話。


「パワークリーン」というトレーニング種目の試験を行った。
“三回実施して一回でも成功すれば良い”という説明をする中で、

「一回ずつバーベルを置いて休んでも良いですよ。こちらから急かす事はしないから自分のペースでやって良いから。
あんまり急かすと頭がアッパラパーになっちゃうからね」と。


例によって、学生からブーイングの嵐。

「“アッパラパー”なんて、今時使わない」


えっ?…ホントですか?皆さん。




おじゃん

今日の、専門学校での講義のひとコマ。


トレーニング実習の試験方法について説明していた時、
「デッドリフト」という、バーベルを持って上体を股関節を支点に倒していく種目に
ついての解説で、
“腰を丸めたら、他の部分が完璧に出来ていても、0点にする”
という意味のことを学生に伝えようとして、


「良いですか〜。この種目を行う時に、
 もし腰を丸めてしまったら、他が出来ていても全て“おじゃん”になっちゃいますよ〜。」


と言った。


そしたら、皆、目がテン。


「先生、“おじゃん”って何ですか??」


え?…“おじゃん”って、死語?


―おじゃん―
(火事の鎮火の時に打つ半鐘の音から)
事が不成功に終わること。だめになること。
「計画が“おじゃん”になる」
                   by広辞苑




最近、ますます感じる、若者との乖離。
自分では全く気付いていないのが、もっと恐い。


こうして、人は
「あのおっさん、無理して若ぶってるけど、やっぱりオジンだよなぁ。」
などと言われていくようになるのだろう。


え?“オジン”も死語??


…だめだ、もう。

タモリのジャポニカ・ロゴス

たった今終了したTV番組(フジTV)、
「タモリのジャポニカ・ロゴス」という番組が面白かったので、
思わずエントリーを。


最近、よく題材になった番組を目にするが、
日本語の面白さや難しさを解説した番組であった。
解説は日本語学者の金田一秀穂氏。(獨協大学非常勤講師)
金田一京助氏、金田一春彦氏に続く、3代目である。
他の番組でも見た事があるが、非常にユーモアに富んだ方で、
面白く分かりやすく、日本語を解説して下さる方だ。


全てはとても書けないが、
特に興味を持ったのは、「敬語」に関する部分。



<例題>
「会社の中で夕方、廊下で社長にすれ違った。どのように挨拶するか?」

皆さんはどのようにお考えだろうか?



ちなみに正解はと言うと、

「社長、どうも…」(と会釈)

だそうだ。

本来、「お疲れ様です」は、目下の人に使う言葉なので、
この場合は適切でない。
(ご苦労様、と同様である)
この事は私も知っていたが、自分も他に適当な言葉が分からなかった。


基本的に、このようなケース(夕方、就労中に遭う)の場合、
日本語の敬語として目上の人に使う言葉は無いのだそうだ。
(朝なら“おはようございます”なのだろうが)
よって、「どうも」がこの場合、敬語としての機能を持つ、という事らしい。
変に、余計な敬語を使おうとすると、かえって誤りになるようだ。
って事は、余計なこと言うぐらいなら、黙って会釈しとけって事か…。

なるほどねぇ〜。


もう一つ。有り得ないケースだが…。

<例題>
「総理大臣と食事に行って、総理のそばにある醤油(ちょっと自分からは距離がある)
を取ってもらおうとする場合、どのような敬語が適切か?」


私も、「取って頂けますか?」とか「大変失礼ですが…」とか、
前後に余計な言葉を付けることばかり考えていたが、

正解は、

「総理、醤油を……」(と、困ったように口ごもる)

だそうだ。


基本的には、目上(それもかなりの)に対して、
何かを依頼する、というのはかなり失礼な行為らしい。
なので、“意図を知らせて、察してもらう”事をまず目的に、
考えることが大切らしい。
つまり「言葉にすべきでない敬語もある」ということのようだ。


いやぁ〜、面白かった。この番組。



ちなみに、番組の中でも話題になっていたが、
「国語辞典」と言うのは、編集者によってかなり表現は違うらしく、
そもそも「辞典」というのは、ある言葉を別の言葉で表現しようとしたもので、
どうしても限りがある。
しかも編集者は、他の編集者が作った表現方法とは違った表現を考えるため、
(別に同じでも構わないが、暗黙の掟のようなものがあるそうだ)
中にはかなり特徴的な辞典もあるそうだ。


その中でも面白いのが、
三省堂書店・新明解国語辞典という辞典だそうで、
かなり笑える(苦心の跡が見える)言葉も多いそうだ。
(リンクをクリックしていただくと、「新明解国語辞典を読む」という
 おもしろいサイトにジャンプします。結構面白いです。
 ちなみに、三省堂のオフィシャルサイトではありません。個人のサイトです。)


買おうとは思わないが、
ちょっと本屋で見てみよう。

自分も使ってた「とんでもございません」と「確信犯」

読売新聞で、私の記憶の範囲では約2ヶ月ぐらい前から「日本語の現場」というコラムが連載されている。
この連載を読みながら、自分の不勉強さに恥ずかしくなるのだが、機会があれば引用してblogを、と考えていて、今日突然思い出した。ある回の記事、
≪「とんでもない」言い回し?≫から。続きを読む
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