私の母が亡くなって、もうすぐ1週間が経とうとしている。

だいぶ気持ちの整理もついてきたので、
そろそろ闘病中に見たり聞いたり、考えたりした事を書いて行きたいと思う。


私の母の病名は「肺がん」であった。
当然、家族一同で医師から「インフォームドコンセント」を受けた。


世間では、もう随分前から「インフォームドコンセント」(病状と治療法の説明と同意)が問題になり、
現在ではほとんど、当たり前に為されている様である。
しかし、患者側からすると、その在り方に疑問を持たざるを得ない。


一番、疑問に思ったのは、
「一体、インフォームドコンセントとは何の為にあるのか?」である。


基本的には、

「現在は〜という状況です。その為に…という治療法と…という治療法があります。
それぞれのメリット・デメリットは〜〜です。さあ、貴方はどちらを選びますか?」

という事である。


母が亡くなって、父が涙ながらに訴えていたのは、
「そんな難しい話、素人が聞いたってどちらかなんて選べない。」
ということだ。


私もその場に家族の一員として立ち会ったが、
やはり素人には難解過ぎて、決断のしようが無い。
よくよく考えてみると、
これは、治療の過程で問題が生じた場合の「逃げ」であると思えてならない。


つまり、

「だって、あの時説明したじゃないですか。
 それで選んだのは貴方でしょ?
 この方針が良いって言ったじゃないですか?
 いまさらそれに文句言われても…」

というニュアンスだ。
つまり、言葉によって、医師自らに「保険」を掛けているようなものだ。
少なくとも、家族はそう感じてしまう。
平たく言えば、「もしもの時の責任逃れ」の意識が垣間見える、ということだ。


今までは、傍観者として「インフォームドコンセントは行われるべき」と思っていたが、
当事者になってみると、その在り方には疑問を持たざるを得ない。
もちろん、医師にはそのような意図は無いのかも知れないが、
逆に、医師に、「貴方の家族だったら、先生はどうしますか?」
と尋ねてみたくなってしまった。


家族側の立場に立って、要望を言わせてもらう事が出来るのなら、

「治療法にはAとB、この二つの選択肢があります。
 それぞれにメリット・デメリットがあり、今後何を優先するかで、
  どちらの治療法が良いかが決まると思います。
 例えば、私ならとにかく苦しまずに、出来れば家で最後を過ごしたいので、
 私ならAを選択すると思います。
 もちろん、どちらを選ばれても私たちは全力を尽くします。
  しかし、何せ人の身体の事ですから、予期せぬ事態も起らないとは言えません。
  その場合でも、出来る限りの対処をして、少しでも命が長く続くように
 最善を尽くしたいと考えています。
  私たちを信じて、お任せいただけますか?」

と言って欲しかった。


もちろん、様々な医療事故が起き、
恐らく、様々な訴訟があるのだろう。
中には、医師側からすると「それはないよ!」というような、
理不尽な訴えもあるのかも知れない。
そのような背景から、
前記のように「インフォームドコンセント」が扱われるようになったと、推察する。


このように考え、言ってみたものの、
ではどうすれば最も良いか、答えは自分でも見えないのだが…。


それともう一つ。


やはり医師の「プレゼン能力」には、ちょっと疑問符が付く。
もちろん、デリケートな問題なので、
どうしても曖昧な言い回しになってしまうことも理解出来るが、
「要はどういうことよ!」と思った事が、少なくない。
私などは、このような仕事をしているので、
父に通訳するような意味合いも含めて、よく、

「つまり、先生がおっしゃるのは〜〜という意味ですよね?」

と内容を咀嚼して言い換えたことも、かなり多かった。


言い難い内容である事は理解出来るが、
やはり、「表現は穏やかに。論旨は簡潔に明解に。」
のプレゼンの訓練は、積んでいただきたいと思う。