健康ブーム過熱に伴い食の情報に関する様々な問題が噴出している昨今、
厚生労働省がサプリメント(栄養補助食品)などの安全性に関する有識者会議を設置するらしい。食品に含まれる成分の届け出の義務化の是非も含め、食の安全性の確保について幅広く議論されるようだ。



遅かりし、の感も否めないが、やろうとしている方向性は悪くない。
と言うより、今までこんなことを検討していなかったのか?の驚きの方が大きい。



サプリメントなどの健康食品は、製造過程で特定の栄養成分を抽出・濃縮することが多いため、意図した成分の他に原料に含まれる微量な有害物質までも同時に濃縮される恐れがあるなど、
製造方法によっては通常の食品以上にリスクが問題となる場合があることを知るべきであろう。




ただ、それ以上に、
冒頭にも触れたように最近、メディアを中心に食に関する情報の信頼が薄れている問題が指摘されているが、
それも裏を返すと、一般民衆の「食に対する過剰な期待神話」がある。
サプリメントもそうだし、「何かを摂れば何かが治る」の類いも、
すべて大衆が欲するからテレビも煽ったような情報を流すし、製造元も利益の為に製品を世に流す。
現在も茶のカテキンを濃縮した商品が疑念視されている。



そればかりか、ドラッグストアやフィットネスクラブなどでも様々なサプリメントの類いがデモ販売されている。
いや、彼らは仕事だから仕方ないし批判するつもりもないのだが、マニュアルにあることを羅列し、宣伝をせざるを得ない。


中には実際に自分も試して心から薦めているケースもあるが、
百歩譲っても、自分が得られた結果が他者にも当てはまるとは限らない。薬でないならなおさら。最終的には体内に吸収されることが前提で、またそれが身体の各部に運搬されることが必要で、その体内環境は一律ではない。
もちろん、「プラシーボ効果」もあるから、何とも言えないが…






根底にあるのは、一般民衆の
「食に対する過剰な期待」である。
食は人間生活に確かに重要なものであるが、
必要なエネルギーを得ることがその多くの役割であることを忘れてはならない。



劇的な効果があるとすれば、それはすでに「薬」である。
薬は劇的に体内を変化させるものであり、車に例えると真っすぐ走っている車を急な方向変換によって真横に曲がるようなもの。
だからこそ薬の成り立ちはある種の「毒物」であり、それをごくごく薄くした成分を劇的変化に利用しよう、というものである。




また忘れてはならないのは、
サプリメントに限らず、我々が口にしている食品の大半は「工業製品」である事実だ。



米、野菜も含め、工場の何らかの過程を踏んでいない食品はほとんどないのではないか。
つまり虫を殺すように、長持ちするように、見栄えが良いように、何かの加工が施されている。
人の手が加われば加わるほど、基本的には余分なものが付け足される。
逆に言えば長期的にはリスクが増していることを覚悟せねばならない。
だが食べなければどうしようもないのもまた事実。
このことからは逃れようがないのだから、
誤解を招くことを恐れずに言えば、食にあまりにも過剰な期待をするべきでないのである。



もし気にするとすれば、いかに「吸収しやすい状態」に保つかと、
いかに「排出しやすい」状態に保つかの二点。



その為の方法は色々あるが、
(詳しくはこのblogの人体感・健康感カテゴリーご覧下さい)
最も簡単なのは「乾布摩擦」である。