昨日はパーソナルトレーナー向けのワークショップを担当。
テーマは既報のとおり、クリーンとダンベルスナッチの理論的な解説と実技。
ま、「クリーン」や「ダンベルスナッチ」などは、単なるウェイトトレーニングではなく、
「ファンクショナル&コーディネーショントレーニング」である、といった内容である。
要は「つながり」「伝わり」「連鎖・連動」の教育方法である、という意である。





それにも関連して、
これから書くことは、こちらこちらのエントリーと関連が深いので、
一部重複することをご容赦願いたい。







或るトレーナーの方からご質問で、
「いろいろな講習会やセミナーに参加して勉強しているが、
 “コーディネーショントレーニング”とか“ファンクショナル”とか、
 どのように整理したら良いか分からなくなった」
といった主旨のことがあった。
このような類のことは、多くの方が同じような悩みを持っているのかも知れない。



私の勝手な解釈だが、
「何とかトレーニング」とか「〜式コンディショニング」など、実は名前はどうでも良い。
以前のエントリーでも書いたが、
パフォーマンスを向上するために(一般・アスリート問わず)身体をどのような状態に持って行けば良いのか?がまずはありきで、
それを達成するためには筋・神経系・意識などをどうすれば良いかがあり、
そうする為にどのような手段が考えられ、それぞれのメリット・デメリットを鑑み、
ではその中からどれをチョイスするべきか?、が初めて決定されるものである。


つまり、このような思考や前段階が無く、
やみくもに、ただ単にアイテムを増やす目的のみで「手法」を吸収に行っても、
まったく無意味とは言わないが、知識としては頭にインプット出来ても、
必要に応じて「チョイス」が出来ないので、結局は「目新しさ」を与える手段だけになってしまう。


理想としては、事前に
「身体をどのようにするべきなのか?」ということを自分なりに思考・構築し、
それに見合った手法・手段を学び、それを目的別に頭の中の「整理ダンス」にしまえていれば、状況によって選択が出来る。
この事前準備・思考段階が無いと、頭の中が散らかるばかりである。
言わば最近話題の「片付けられない女たち」状態に陥るのである。


私も部屋の整理整頓については偉そうに言えないが、
結局は片付けられないのは自分なりの「ルール」が無いからである。
例えば、「読んだ新聞はその時点でこの袋に入れる」とか、
「領収書はこの引き出しに入れる」とか、そういう決め事が無く、「とりあえず」が多くなると、その連鎖で散らかることになる。
ただ、だからと言って、あまり決め事を細かくし過ぎると、これはこれでどこに収納すべきかが瞬時に判断出来なくなり、
結局面倒になって、「とりあえず」そこらにほっぽらかすことになる。



学習や新しい知識の吸収も全く同様で、
最小限の区分けで頭の中を整理し、ある共通項ごとに一貫性をもって整理しておかないと、
「情報はあるのだが検索できない」「適した情報を選別できない」ということになる。

(まさにこちらのエントリーに書いてある内容と同様)



誤解の無いように言っておくが、
勉強することはとても大切だし尊い事であることは言うまでもない。
その意欲は素晴らしいことである。
だが、「勉強」は基本的には「目的」ではない。
その勉強によって得た「情報」を、必要に応じて「検索」し、「選択」し、
利用して何らかの結果を出し、最終的には「対価を得る」為のものであるはずである。



このような状況に陥ってる方々に、改めて申し上げたい。
それぞれのポリシーに従って、「自分は身体をどのように導こうとしているのか?」を、今一度、考えてみることをお勧めする。
完璧でなくとも、曖昧でも良いと思う。
まずは一度考え、整理してみるべきである。
そうすれば、同じ目的を持つ「方法論」を重複して持つことも無くなる。


これも誤解があるとまずいので確認しておくが、
同じ目的の方法論を持っていることが悪いのではない。
ただ、そこに一貫した考え方があれば、その異なった方法論を自分なりに統合して、一つの手法として提示が出来る。
要は、「ほぼ同じ目的を持った、名称が異なる方法論」であることを認識する必要がある、ということなのである。


とにかく一度、考えてみましょう。
やみくもに新しいものに飛びつくのではなく、まず考えてみましょう。
知識・情報を、「対価」に結びつけることを常に考えましょう。