前回のエントリーに引き続き。



「新しい手法や方法論を学ぶのは素晴らしい事だが、注意すべき点がある」


ということで終わったところからの続き。



では注意すべき点は何なのか?
それはこのポイントに関連がある。
ちょっと引用。

本質的には、身体を病んでいる人も、アスリートが競技力を向上しようとするのも、
どちらも「現状より身体の状態を良くする」ことに他ならない。


では「良くする」とは、どういうことなのか?
何のどこが、どういう状態になることを目指せば良いのか?
目的は何なのか?
それを目指すには、どのような手段、手法が考えられるのか?

…という思考の順序があり、初めて現状の自分の中には無い手法の必要性が見えてくる。
つまり、「目的」があってそれが明確で、
それから「手段」の選択に入るはずなのである。




いきなり話が変わって恐縮だが、

「パソコン(コンピューター)の、最も優れた機能は何か?」

と聞かれたら、どのようにお答えになるだろうか。



やろうとしても人の能力では限界があることも、
それを可能にしてくれる、便利な機能満載の機械がパソコンであるが、
私が考える最も優れた機能は、「検索」と「関連付け」であろうと思う。
極論を言えば、単純にデータを無造作にポンポン放り込んでも、
キーワードや日付、その他の手段で一定条件に見合う情報を素早く探し出してきてくれる。
無論、そのために必要な拡張子その他による「関連付け」も自動で行なってくれる。



人間の脳にもそれ以上の機能はあるのだろうが、
異なるのは、パソコンはそこに感情は一切無く、「淡々と」やってくれる。
人間には悲しいかな「感情」「思い込み」が介在するので、客観的には冷静に情報検索出来ない、という点であろうと思う。



つまり、様々な新たな手法などを勉強する場合、
前述の枠内の事柄を自問自答しながら情報として仕入れ、
言わば自分の中で「関連付け」しないと、あとで情報として「検索」出来ない。


例えば、「筋を弛緩させる」という事柄について、
今まで持っている情報から検索しようとしても、
勉強した時点で単純に「こういう方法論・手法」という入れ方だと、
その情報がリアルに出てこない。
出てこない情報は、実は無いのと同じなのである。
「頭が良い・悪い」ということがあるとすれば、
恐らくこういうことなのだろうと思える。



それで情報として出てこないものだから、
また違ったものを勉強しようとする。
試験に受かる為の勉強ならこれも良いが、
物事を提案したり、解決するべく勉強しているのだとしたら、
これではパソコンのデスクトップに情報を散らかしているようなもの。
また、問題解決のための情報使用ならば、実際に取り出した情報を互いに「編み」、
一つの「商品」として提示したり使用することがほとんどである。



多くのトレーナーの方から様々な質問を受けるが、
皆さん、多くの情報を持っているのだが、こういう習慣がないから、
同じような質問を、表現は異なってしてくることが多い。
この考え方があれば、かなり「類推」できるはずなのだが。



まあ、こんな偉そうなことを言っても、
私も常に出来ているわけではないが、心掛けることが大事であると考える。



情報に「共通項」を見出し、「一貫性」を持たせ、
脳の中の「情報整理タンス」に収納する。
「分かる」「解かる」とは、一貫性を以って収納できた事なのかも知れない。
(=「分解」とは「わかる」こと)


既存の共通項が無ければ、それが本当の「新しい理論」と言えるのかも。