トレーナーの育成に関わったり、多くのトレーナーの方と出会ったりしていて、
あらためて思うこと。


とにかく皆、「方法論」に走ったり、「手法」ありきで右往左往してしまっている現状がある。


トレーナーという仕事については、
「スポーツトレーナーになるには?」カテゴリなどで解説しているので、
よく分からない方はこちらをご参照願いたいが、
基本的には技術職である。
この世界、特にトレーニングの分野については研究が日進月歩で、
次から次へと新たなメソッドや器具が発表され、
モノによってはその為の指導資格の講習なども実施されている。


当然、勉強していくことは義務であり、
自分の技量を上げていくためには必須なのだが、
事の本質を見極めずに、単に飛びついても、
実際にクライアントが評価するレベルにまでの技量に達するのか…?は私にはいささか疑問である。


本質的には、身体を病んでいる人も、アスリートが競技力を向上しようとするのも、
どちらも「現状より身体の状態を良くする」ことに他ならない。


では「良くする」とは、どういうことなのか?
何のどこが、どういう状態になることを目指せば良いのか?
目的は何なのか?
それを目指すには、どのような手段、手法が考えられるのか?

…という思考の順序があり、初めて現状の自分の中には無い手法の必要性が見えてくる。
つまり、「目的」があってそれが明確で、
それから「手段」の選択に入るはずなのである。
極論を言えば、目的を吟味した結果、
現状の知識や技術を、考え方を捉え直すことで目的が十分達成されることも多い。
自分が今まで学んだ事柄を、再整理したり深く探求し直したりする事が、実は非常に大切なのである。


「最近、話題だから」
「流行だから」
「“品数”が多い方がクライアントが付きやすいだろうから、とりあえずアイテムを増やしたいから」
などの理由でいろいろなメソッドを学ぶ人も多い。
それらを完全に否定はしないが、
近い将来、行き詰まるのは目に見えている。
流行が過ぎれば、また次の新しい話題アイテムに向かう、といった具合に…


ま、潤沢なお金と時間があるなら、それも悪くないが。


誤解の無いように再度言っておくが、
新たに発表される最新理論やメソッドを学ぶことは非常に有効であることは確かである。
だが「理論」と銘打っても、実は「理論」ではなく
あくまで一つの「方法論」であったりすることも多く、
「それによって人体に達成される事柄、現象は何か」
を考える習慣を持っておかないと、
方法論だけが蓄積されるだけで、整理しきれなくなり、
情報として「使えない」ことになりうる。


つまり、新しい方法論を学ぶには、前提として考えておかなければならない事があるのだ。
(「理論」は別)


長くなったので、続きはあとで