先日、昨年末に亡くなった母の100ヶ日法要があった。
時が経つのは早いものだ。
久々に父に会ったが、だいぶ落ち着いたものの、
未だ母のいない寂しさには慣れていないようだ。


それでも、やっと最近は発病時の細かいいきさつなどについて、
話を出来るようになった。


母が体調を訴えるきっかけになったのは、帯状疱疹であった。
最初は近所のかかりつけの開業医に行った。
その時の診断が帯状疱疹だった。
医師から勧められるままに胞疹の薬を飲み続けていたのだが、
一向に改善の兆しが見えない。
その内、体のあちこちに痛みが出て来る。
それでも医師を信じ、4ヶ月。
「おかしい」と思い始めた父が疑問をぶつけると、
「じゃあ、大きな病院で検査をしましょうか」と、医師は言った。


それで紹介状を手に総合病院にて診察を受けたが、
そこでも原因は分からず、様々な精密検査を受ける事に。
そうこうしている内に、母が夜中に突然倒れた。
と、言うより、突然立てなくなり、ヘナヘナと床に崩れ落ちてしまったのだ。
救急車で病院に運ばれ、さらに詳しい検査をして行って、
ようやく原因が判明した。
重度の「肺がん」。


私も医療関係の端くれではあるものの、この辺りの詳しい事は分からないが、
要はガンが脊椎にすでに転移していて、骨のいくつかが圧迫骨折を起こして、
完全な下半身不随に陥ったのであった。


過ぎたことを今更どうこう言っても始まらないが、
父としては、やはり未だに最初の医師の診断が的確であったら、
もう少し何とかなったのではないか?との後悔と無念が拭い切れないようなのだ。


当然、と言えば当然。


あとで聞いたのだが、
母が病院に入院した際、
その医師が見舞いに訪れたらしい。
「何とかお元気になって欲しい」と。
父はたまたま不在だったらしいのだが。


母が亡くなった後、
父も医師の診断ミスをどうのこうのと問題にするつもりは無かったらしいが、
(いずれにしろ、もし訴訟を起こしたとしても、この手の問題で責任を問う事は出来ないらしい)
それでもせめて、この医師に一言でも言ってやりたかったらしく、
電話をしたそうだ。


父「先生、妻がなくなりました」
医師「病院から連絡があり、存じております。誠に残念です。」
父「先生…あれは帯状胞疹じゃ無かったんですよね!?」
医師「…。」


医師は何も返す言葉が無かったらしく、無言だったそうだ。
何を言っても、時が戻るはずも無く…。


私も、親族の一人としては冷静でいてはならないのかも知れないが、
とにかく、今は母の冥福と、
この医師が、己の診断技術を向上することに是非邁進して欲しい。
それが医道に携わるものの使命であろう。


ただ、立ち返って考えてみると、
母が入院した時、見舞いに来たことは、私も医療人の端くれとして評価したい。
恐らく自分の判断ミスは自覚していたはずだから、
自分の身に置きかえたら、かなり来難かったはずだ。


それをけじめとして、為すべき「礼」を尽くした、
この医師の「魂」だけは、せめて信じてやりたい。