2009年07月09日
はなまるルーキー
日本ハムファイターズのルーキー、
捕手の大野奨太選手。
東洋大学卒の一年目から、試合の半分がスタメンマスク。
経験が重視されるポジションにおいて、
かなり珍しい現象である。
まして監督は名キャッチャーとして名を馳せた梨田監督。
どこが評価されての起用か?
新聞記事に、その秘密が出ていた。
日ハムのGMが云うには、
「決して突出した能力を持つ選手では無かったが、
よく勉強するし、監督の指示をよく守る。
例えばブルペンで、捕手は座ったまま投手へ返球する事が多いが、
梨田監督は、一球ごとに立って返球しろと云う持論。
それが基本であるし、足腰を鍛える事にもなる、というわけだ。
彼はそれを忠実に守っている。
こういう選手は、実は意外に少ないんです。」
とのこと。
その他、
「投手がいい球を投げたら、ミットを動かすな。
すぐに返球するな。
ミットの位置をそのままにして、審判にしっかり見せた方が印象が良い。」
と指導を受け、それを忠実に守っているそうだ。
また、大学時代、
他大学である中央大学の高橋善正監督(ジャイアンツで中継ぎエースとして大車輪の活躍)に、
いち早く評価されていた。
評価のポイントは、
「レガース(すねの防具)の着脱が格段に早かった」
らしい。
投手を長く待たせない為に、
間の準備をテキパキと行うことは、
味方チームのリズムを崩さない為に、大変重要である、と。
それを肌で分かっている捕手は、
何が大切か?という基本が分かっている、
というわけだ。
もちろん、ヒットは打てなくとも外野フライはきっちり打つ、
肩は強くないがスローイングのスピードとコントロールでカバーするなど、
、
忠実なプレーがあっての事でプロにまで登りつめたのではあるが、
やはり、
「素直さ」
というのは、大変重要な「才能」である。
また、やはり最後は「基本」。
目立たなくとも、しっかりした「基本」は、
ちゃんとした人は、しっかり見ている。
いろいろ時代は変わり、
新たな情報が入り乱れようが、
歳は喰っても、
「基本に忠実に」
「素直に」
在りたいものだ。
捕手の大野奨太選手。
東洋大学卒の一年目から、試合の半分がスタメンマスク。
経験が重視されるポジションにおいて、
かなり珍しい現象である。
まして監督は名キャッチャーとして名を馳せた梨田監督。
どこが評価されての起用か?
新聞記事に、その秘密が出ていた。
日ハムのGMが云うには、
「決して突出した能力を持つ選手では無かったが、
よく勉強するし、監督の指示をよく守る。
例えばブルペンで、捕手は座ったまま投手へ返球する事が多いが、
梨田監督は、一球ごとに立って返球しろと云う持論。
それが基本であるし、足腰を鍛える事にもなる、というわけだ。
彼はそれを忠実に守っている。
こういう選手は、実は意外に少ないんです。」
とのこと。
その他、
「投手がいい球を投げたら、ミットを動かすな。
すぐに返球するな。
ミットの位置をそのままにして、審判にしっかり見せた方が印象が良い。」
と指導を受け、それを忠実に守っているそうだ。
また、大学時代、
他大学である中央大学の高橋善正監督(ジャイアンツで中継ぎエースとして大車輪の活躍)に、
いち早く評価されていた。
評価のポイントは、
「レガース(すねの防具)の着脱が格段に早かった」
らしい。
投手を長く待たせない為に、
間の準備をテキパキと行うことは、
味方チームのリズムを崩さない為に、大変重要である、と。
それを肌で分かっている捕手は、
何が大切か?という基本が分かっている、
というわけだ。
もちろん、ヒットは打てなくとも外野フライはきっちり打つ、
肩は強くないがスローイングのスピードとコントロールでカバーするなど、
、
忠実なプレーがあっての事でプロにまで登りつめたのではあるが、
やはり、
「素直さ」
というのは、大変重要な「才能」である。
また、やはり最後は「基本」。
目立たなくとも、しっかりした「基本」は、
ちゃんとした人は、しっかり見ている。
いろいろ時代は変わり、
新たな情報が入り乱れようが、
歳は喰っても、
「基本に忠実に」
「素直に」
在りたいものだ。
2009年07月08日
2009年07月07日
杉内俊哉投手の「オートマチックのツボ」
「最後の指先ですね。
そこんところに力を入れるだけです。
どうでも良いや、って、いい加減に投げるようにして、
ボールを切る瞬間の指先に力を集中させるんです。」
福岡ソフトバンクホークスの杉内俊哉投手の、
自分の投球を分析した言葉である。
どんなスポーツの動作でも、
実際の動きと云うのは、非常に複雑な動きの集合体である。
投球動作で云えば、上腕だけでも内旋、外旋、内旋…
と交互に訪れ、変化球によっては人差し指で切るか中指で切るか…
それに下半身の動きが加味されるので、
とても自分の意識で全て制御出来るレベルのものではない。
それを最初は、
意識下において反復し、
脳ー神経レベルで刷り込み作業(プリンティング)をし、
無意識下レベルまで昇華させたものが、
パフォーマンスとして発揮される。
つまり、全てを意識下でコントロールするなど、
不可能なのである。
だが、
そのインプットされた(プリンティングされた)情報を引き出す
「きっかけ」。
あるいは
「スイッチ」。
と言い換えても良いが、
そういう感覚が存在する。
人間が、感覚的に意識出来るのは、
最大で二カ所、基本的には一カ所であると思われる。
つまり、
訓練・鍛錬によって刷り込まれた動きのパターンが、
あたかもオートマチックの如く、自動的に引き出される「スイッチ」のような「呼び水」的な動作や感覚…
が、選手それぞれ、存在する。
つまり、
「それさえ意識すれば、
あとは特別に意識せずとも、勝手にオートマチック的に動いてくれるツボ」
があるのである。
これは、恐らく全てのスポーツに当てはまる。
本番に於いて、
意識する場所が多くなければならない選手は、
残念ながら一流にはなれない。
その、
「ツボ」。
「スイッチ」。
を見つけるのは、もちろ本人の鍛錬、
また、コーチの仕事である。
また、杉内投手の言葉で印象深いのは、
「いい加減に投げるように」
と云う表現である。
これを聞くと、一般の方は「?」と感ずるかも知れないが、
推察するに、これは
「脱力」
を意味する。
身体レベル、脳・意識レベル、に於いて。
ある意味、
「指先の感覚さえ意識すれば、
自分は良いパフォーマンスが出せる」
と云う、ある種の確信があるのであろう。
云ってみれば、
その感覚に従って、
あとは、
「余計なコトをしないだけ」
それを、「いい加減」と表現したに違いない。
杉内投手の、長きに渡る安定感の秘密が分かる、
大変貴重なエピソードである。
そこんところに力を入れるだけです。
どうでも良いや、って、いい加減に投げるようにして、
ボールを切る瞬間の指先に力を集中させるんです。」
福岡ソフトバンクホークスの杉内俊哉投手の、
自分の投球を分析した言葉である。
どんなスポーツの動作でも、
実際の動きと云うのは、非常に複雑な動きの集合体である。
投球動作で云えば、上腕だけでも内旋、外旋、内旋…
と交互に訪れ、変化球によっては人差し指で切るか中指で切るか…
それに下半身の動きが加味されるので、
とても自分の意識で全て制御出来るレベルのものではない。
それを最初は、
意識下において反復し、
脳ー神経レベルで刷り込み作業(プリンティング)をし、
無意識下レベルまで昇華させたものが、
パフォーマンスとして発揮される。
つまり、全てを意識下でコントロールするなど、
不可能なのである。
だが、
そのインプットされた(プリンティングされた)情報を引き出す
「きっかけ」。
あるいは
「スイッチ」。
と言い換えても良いが、
そういう感覚が存在する。
人間が、感覚的に意識出来るのは、
最大で二カ所、基本的には一カ所であると思われる。
つまり、
訓練・鍛錬によって刷り込まれた動きのパターンが、
あたかもオートマチックの如く、自動的に引き出される「スイッチ」のような「呼び水」的な動作や感覚…
が、選手それぞれ、存在する。
つまり、
「それさえ意識すれば、
あとは特別に意識せずとも、勝手にオートマチック的に動いてくれるツボ」
があるのである。
これは、恐らく全てのスポーツに当てはまる。
本番に於いて、
意識する場所が多くなければならない選手は、
残念ながら一流にはなれない。
その、
「ツボ」。
「スイッチ」。
を見つけるのは、もちろ本人の鍛錬、
また、コーチの仕事である。
また、杉内投手の言葉で印象深いのは、
「いい加減に投げるように」
と云う表現である。
これを聞くと、一般の方は「?」と感ずるかも知れないが、
推察するに、これは
「脱力」
を意味する。
身体レベル、脳・意識レベル、に於いて。
ある意味、
「指先の感覚さえ意識すれば、
自分は良いパフォーマンスが出せる」
と云う、ある種の確信があるのであろう。
云ってみれば、
その感覚に従って、
あとは、
「余計なコトをしないだけ」
それを、「いい加減」と表現したに違いない。
杉内投手の、長きに渡る安定感の秘密が分かる、
大変貴重なエピソードである。
2009年07月06日
今日はNISMO へ
2009年06月29日
最近知った「asics 」の秘密
最近、元ジャンプ選手の知人が、スポーツメーカー「asics」に入社した事で知った事実。
一見、ミズノやナイキ、アディダスの後塵を拝しているように見えているが、
実は会社としての収益性を確保しているのは、
こういう事もあんのね〜
と、感心した話題。
現場作業で使う「安全靴」、
実はasicsがかなり質の高い製品を作っている。
競艇選手用の靴は、実はasics製品。
NASA飛行士用の靴。
いま宇宙に行っている若田光一さんの靴もasics。
凶悪犯罪に立ち向かうSWAT隊員の靴もasics製…
一般には知られていないが、
単にスポーツシューズのみならず、
色んなモノ作ってんのね〜
勉強になりました。
一見、ミズノやナイキ、アディダスの後塵を拝しているように見えているが、
実は会社としての収益性を確保しているのは、
こういう事もあんのね〜
と、感心した話題。
現場作業で使う「安全靴」、
実はasicsがかなり質の高い製品を作っている。
競艇選手用の靴は、実はasics製品。
NASA飛行士用の靴。
いま宇宙に行っている若田光一さんの靴もasics。
凶悪犯罪に立ち向かうSWAT隊員の靴もasics製…
一般には知られていないが、
単にスポーツシューズのみならず、
色んなモノ作ってんのね〜
勉強になりました。
帰京して、まずは一杯。そして…
練習&トレーニングを終えて、
白馬からそのまま帰京〜
今回、土日高速1000円になってから初めての長距離だったが、
ホントに1000円なのね…
(既に当たり前なんだろうけど、半信半疑でした)
4時間掛けて車を走らせ帰宅し、
まずは近所の居酒屋で一杯。
これが無きゃ始まらん…
で、溜まった新聞に目を通すと、
先週放映されたテレビ朝日の特別ドラマ、
「刑事一代」の論評が出ていた。
渡辺謙さん主演の重厚な作りのドラマだったが、
私も録画して観て、かなりの出来映え。
論評を見ても、批判的な内容は見当たらず。
圧倒的な渡辺謙さんの存在感を称えるものばかり。
確かに、「さすが世界の謙さん」といったところである。
渡辺さんの完全に平塚八兵衛さんに成りきった演技は圧巻で、
事実そうなのだが、やはり「脚本」のしっかりした造りが成功を決めたように思う。
つまり、「気合いを入れれば、このようなドラマは作れる」と云うことなのだろう。
…と云うことは、
昨今のドラマ視聴率の不振は、
「気合い」が足らない…
とも言えるのかも…
「こんな出演者で、こんなストーリー展開で、
アホな視聴者は見るはず。」
と、安直に作っている…
としか思えない作品が多い。
実は、私、個人的には大ファンである、
平塚刑事の相棒を演じた「高橋克実さん」の存在感がイチ押しだったが。
爆笑レッドカーペットなどのMCのイメージが強い方も多いだろうが、
俳優としての高橋さんの存在感は、ホントに素晴らしい。
(と、私は思う)
来年から始まるNHK大河ドラマ「龍馬伝」では、
主演の福山雅治さんで話題になっているが、
幕末伝の重要人物である西郷隆盛を演じる事でも注目されている。
…と、高橋克実さんの話に偏って来たが…
やはり、渡辺謙さんは、
日本を代表する俳優さんになった事は、疑いない。
でも、高橋克実さんも素晴らしいっすよ〜
白馬からそのまま帰京〜
今回、土日高速1000円になってから初めての長距離だったが、
ホントに1000円なのね…
(既に当たり前なんだろうけど、半信半疑でした)
4時間掛けて車を走らせ帰宅し、
まずは近所の居酒屋で一杯。
これが無きゃ始まらん…
で、溜まった新聞に目を通すと、
先週放映されたテレビ朝日の特別ドラマ、
「刑事一代」の論評が出ていた。
渡辺謙さん主演の重厚な作りのドラマだったが、
私も録画して観て、かなりの出来映え。
論評を見ても、批判的な内容は見当たらず。
圧倒的な渡辺謙さんの存在感を称えるものばかり。
確かに、「さすが世界の謙さん」といったところである。
渡辺さんの完全に平塚八兵衛さんに成りきった演技は圧巻で、
事実そうなのだが、やはり「脚本」のしっかりした造りが成功を決めたように思う。
つまり、「気合いを入れれば、このようなドラマは作れる」と云うことなのだろう。
…と云うことは、
昨今のドラマ視聴率の不振は、
「気合い」が足らない…
とも言えるのかも…
「こんな出演者で、こんなストーリー展開で、
アホな視聴者は見るはず。」
と、安直に作っている…
としか思えない作品が多い。
実は、私、個人的には大ファンである、
平塚刑事の相棒を演じた「高橋克実さん」の存在感がイチ押しだったが。
爆笑レッドカーペットなどのMCのイメージが強い方も多いだろうが、
俳優としての高橋さんの存在感は、ホントに素晴らしい。
(と、私は思う)
来年から始まるNHK大河ドラマ「龍馬伝」では、
主演の福山雅治さんで話題になっているが、
幕末伝の重要人物である西郷隆盛を演じる事でも注目されている。
…と、高橋克実さんの話に偏って来たが…
やはり、渡辺謙さんは、
日本を代表する俳優さんになった事は、疑いない。
でも、高橋克実さんも素晴らしいっすよ〜
2009年06月27日
初・白馬
2009年06月26日
14のメール依存症チェックリスト
14のメール依存症チェックリスト
知らず知らずのうちに、自分も…
気ぃつけんと。
知らず知らずのうちに、自分も…
気ぃつけんと。
先に【「電子メール中毒」からの解放を目指して・完全版12ステップ解消法】で電子メールの呪縛から逃れるための手法について解説をした際、元記事に興味深い文面が目に留まった。大元の「12ステップ解消法」に付け加える形で、「自分自身がe-ddicted(電子メール依存症)であるかどうかを確認するチェックリスト」がリストアップされていたのだが、これが絶妙にツボをついている。そこで今回は先の記事の補てん版として、「14のメール依存症を確認するためのチェックリスト」を紹介することにしよう。
1.数分間メールを受信しないと「メールシステムが落ちている?」と不安になり、自分自身にメールを送ってメールシステムが正常に作動しているかどうか確かめてしまう。
2.「メールが届きましたよ」というアラート(着信音、独自で設定した警告音)が鳴るたびに、ついついそのメールの内容をチェックしてしまう。
自分のペットにモジラ(Mozilla)、ファイアフォックス(FireFox)、グーグル(Google)などと名づけてしまうイメージ3.自分のペットにモジラ(Mozilla)、ファイアフォックス(FireFox)、グーグル(Google)などと名づけてしまう。
4.自分が出したメールの返事が1時間以内に返ってこないと怒りを覚えてしまう。
5.名前を尋ねられた時、自分の電子メールアドレスを答えてしまう。
6.たいした案件でもないのに、シンプルな回答による返答のメールをしないようになる。
7.寝ている間以外はずっとメールチェックをする。たとえそれが真夜中であっても(※恐らくは真夜中トイレなどで起きた際でもメールチェックをしてしまう、という意味も含めている)。
8.新しい知人が出来ると、電話番号ではなくメールアドレスを尋ねてしまう。
9.何をするよりもまず、メールの内容をチェックしてしまう(※パソコン上での操作におけるものと思われる)。
寝るときはいつもブラックベリー(小型の通信情報端末。日本の携帯電話に相当)と一緒イメージ10.寝るときはいつもブラックベリー(小型の通信情報端末。日本の携帯電話に相当)と一緒。
11.いつもメールソフトの受信フォルダには100件以上のメールが残っている。
12.「何かメールを受信しそこなってないか?」ということを確認するためだけに、「メールチェック」のボタンを押してしまう。
13.スパムフィルタ内のメールに対しても、「何か間違ってスパム扱いされてないか」とばかりにチェックをしばしば入れてしまう。
14.隣の席に座っている人にも、直接聞かずにメールをしてしまう。
「チェック項目がいくつ以上なら軽度のメール依存症云々」などの縛りは無く、チェック数が多いほど「依存症の傾向があるかもネ」という程度のお話。しかし、案外多くの項目にチェックが入る人もいるだろう。
例えば「7.」を見て「そんなバカな」と思う人もいるものと思われる。しかし【お風呂の中でもケータイと一緒な人、意外に多いんです】などの調査結果を見ると、周囲にも案外当てはまる人は多いのかもしれない。
2009年06月25日
パフォーマンス向上の決定版、と云えば決定版…かな?
今週はスキージャンプ選手のミニキャンプでのトレーニング指導〜
そんな中での1コマ。
「要はパフォーマンスを発揮するには、、
必要の無い筋肉は必要なタイミングで力を抜き、
必要がある筋肉は必要なタイミングで力を入れるようにし、
それらが有効に働くように、適切なタイミングで固定すべき箇所は固定し、
力を入れる必要がある箇所は直前まで力を抜ける状態にあること。」
続いて、
「君は、全てが逆になっているだけのこと。
課題は明らかだから、そういう意味ではやるべき事柄は明白。
ま、地道に頑張りましょーや。」
…
これで選手のモチベーションが上がったかどうかは、不明…
でも、課題が不明確であることほど、
選手にとってフラストレーションが溜まることは無い。
課題を明らかにし、
後はそれを克服する為に、何をチョイスし取り組むか。
あるいは誰の指導に委ねるか。
課題が明らかなら、
あとは方法論だけ。
簡単な理屈なのだが、
実はこの「課題」で迷っ。
課題で迷わぬよう、
道筋を明らかにするのが、
指導者の務め〜
そんな中での1コマ。
「要はパフォーマンスを発揮するには、、
必要の無い筋肉は必要なタイミングで力を抜き、
必要がある筋肉は必要なタイミングで力を入れるようにし、
それらが有効に働くように、適切なタイミングで固定すべき箇所は固定し、
力を入れる必要がある箇所は直前まで力を抜ける状態にあること。」
続いて、
「君は、全てが逆になっているだけのこと。
課題は明らかだから、そういう意味ではやるべき事柄は明白。
ま、地道に頑張りましょーや。」
…
これで選手のモチベーションが上がったかどうかは、不明…
でも、課題が不明確であることほど、
選手にとってフラストレーションが溜まることは無い。
課題を明らかにし、
後はそれを克服する為に、何をチョイスし取り組むか。
あるいは誰の指導に委ねるか。
課題が明らかなら、
あとは方法論だけ。
簡単な理屈なのだが、
実はこの「課題」で迷っ。
課題で迷わぬよう、
道筋を明らかにするのが、
指導者の務め〜
2009年06月24日
デビッド・デュバルの復活…か?
先のゴルフ全米オープン。
懐かしい名前が上位にいた。
かつて世界ランキング一位。
タイガーやアーニーエルスと凌ぎを削っていた選手である。
1998年、米ツアー賞金王。
1999年には5勝し、大活躍。
ゴルフファンとしては、デュバル時代到来と期待したものだ。
一時期は、ストイックまでのトレーニングで、
体脂肪5‰とも云われるまで身体を追い込み…
2001年の全英オープンで優勝を境に背中を痛め、
完全なスランプに陥ってしまった…
ストイック過ぎた身体への管理が、
逆に身体を痛めてしまったのでは…?
と憶測を呼び、
「デュバルはもう終わり…」
ともささやかれた。
それが、全米オープンでの復活。
デュバルは語る。
「僕はプロゴルファーを放棄したわけではない。
ただ、間違った方向に行っていただけだ。」
と。
全米オープンでの姿は、
一時期のストイックな姿からは想像出来ない、
ふっくらとした姿。
ゴルフとは、
限りなくメンタルのスポーツ、と云われる。
身体の状態(痩せている・太っている)は、
実は精神状態や、物事の「考え方」を表している。
苦難の末に、
「あるがまま、なすがまま」
と云う精神状態に達した時に、
今の心境になり、
結果的に今の外見になったのだろう。
彼が陸上選手や、
トライアスリートならば、
「ふざけんな」と云う体型だろうが、
ゴルフは何と云っても「心の在り方」か全て表れる スポーツ。
恐らくデュバル選手は、
幾多の苦難や経験で、
「自分の場合は、身体をストイックに絞り上げることが、
決してプラスにならない」
と、悟ったのかも知れない。
絶対的に体型や、重さが反映される競技は別だが、
技術重視、思考持久力重視の競技は、
「どのように物事を考えられるか、捉えるか」
が重要、優先順位の上位に来る場合が多い。
時として、
競技によっては、外見的要因を上回る場合もある。
どこまでをスポーツとするか、
微妙な問題はあるが、
将棋、チェス、アーチェリー、ダーツ、ビリヤード、カーリング、…
「心の在り方」
が重視されるものは、
フィジカル的要素を上回るものはあるであろう。
今回のデュバル選手の復活は、
トレーナーとしても、改めて考えさせられる事は多い。
頑張れ!!デュバル!!
タイガーを撃破せよ!!
(笑)
懐かしい名前が上位にいた。
かつて世界ランキング一位。
タイガーやアーニーエルスと凌ぎを削っていた選手である。
1998年、米ツアー賞金王。
1999年には5勝し、大活躍。
ゴルフファンとしては、デュバル時代到来と期待したものだ。
一時期は、ストイックまでのトレーニングで、
体脂肪5‰とも云われるまで身体を追い込み…
2001年の全英オープンで優勝を境に背中を痛め、
完全なスランプに陥ってしまった…
ストイック過ぎた身体への管理が、
逆に身体を痛めてしまったのでは…?
と憶測を呼び、
「デュバルはもう終わり…」
ともささやかれた。
それが、全米オープンでの復活。
デュバルは語る。
「僕はプロゴルファーを放棄したわけではない。
ただ、間違った方向に行っていただけだ。」
と。
全米オープンでの姿は、
一時期のストイックな姿からは想像出来ない、
ふっくらとした姿。
ゴルフとは、
限りなくメンタルのスポーツ、と云われる。
身体の状態(痩せている・太っている)は、
実は精神状態や、物事の「考え方」を表している。
苦難の末に、
「あるがまま、なすがまま」
と云う精神状態に達した時に、
今の心境になり、
結果的に今の外見になったのだろう。
彼が陸上選手や、
トライアスリートならば、
「ふざけんな」と云う体型だろうが、
ゴルフは何と云っても「心の在り方」か全て表れる スポーツ。
恐らくデュバル選手は、
幾多の苦難や経験で、
「自分の場合は、身体をストイックに絞り上げることが、
決してプラスにならない」
と、悟ったのかも知れない。
絶対的に体型や、重さが反映される競技は別だが、
技術重視、思考持久力重視の競技は、
「どのように物事を考えられるか、捉えるか」
が重要、優先順位の上位に来る場合が多い。
時として、
競技によっては、外見的要因を上回る場合もある。
どこまでをスポーツとするか、
微妙な問題はあるが、
将棋、チェス、アーチェリー、ダーツ、ビリヤード、カーリング、…
「心の在り方」
が重視されるものは、
フィジカル的要素を上回るものはあるであろう。
今回のデュバル選手の復活は、
トレーナーとしても、改めて考えさせられる事は多い。
頑張れ!!デュバル!!
タイガーを撃破せよ!!
(笑)
2009年06月21日
日本でフィットネスが今いち広まらない根本理由
先のエントリーの通り、
今日はJATIの研修会に参加。
この歳になると、どうしてもアウトプットばかりになり、
意識していてはいても、気付くとインプットが怠りがちになる。
なので、こういう機会は極めて重要。
このような会に参加していつも感じる事は、
私のようなオッサン世代は意外に少ない事である。
ま、年代的に忙しい、
って事もあるでしょーが。
個人的には、
結構、歳喰うと、
あまり人の意見を聞かなくなる、
…ってのも理由としてはあるように思う。
長くやってると、
それだけで妙な自信、持っちゃうんすよ。
歳をとるほど、気ぃつけんと、ね…
んで、様々な識者の方々の話を聴けたのであるが、
中でも特に印象に残ったのは、
国立健康・栄養研究所の宮地元彦先生の講話。
基本的には様々な最新の研究成果から、
トレーニングが人体に与える影響を解説して下さる内容だったのだが、
後半は、遠回しにはおっしゃっていたが、
運動指導者への苦言であった。
つまり、
「皆さんの指導者としてのスタンスは、
基本的には運動に拒否感の無い方々をベースにしている」
と云うものであった。
この10年、フィットネスクラブの総会員数が増えていない現状を踏まえると、
むしろ運動が必要な方々を引き寄せているとは言い難い、
それは指導者の皆さんの一言一言が、
ちょっとした配慮が足りないからだ…
と云う内容であった。
これは、実は大変重要な事を示唆している。
大抵の場合、運動指導者になる人は、
スポーツをやっていたり、基本的には運動が嫌いでない方々。
その一方、運動が必要な人達は、
どちらかと言えば、運動に「モチベーションが無い方」。
そういう人達に、
「頑張れ」は通用しないし、
大事な事はそういう人達と「共感」「共鳴」「受容」する事だ、
と…
学者の先生としては(失礼)、
大変意義深いお話であった。
確かに、多くの指導者は運動嫌いではなく、
また、中高年にはなった「経験が無い」。
運動はやった方が良いことは分かっているが、
なかなかそういう気持ちになれない。
それは、「中高年の身体」になってみないと、
分からないことはあるのである。
だが…
周りの若い指導者の皆さんの表情を見渡すと、
明らかにピンと来てない様子がアリアリ。
私もパーソナルトレーナーの養成で、
「頑張らない、ことを伝えることが大事」とは訴えているが、
ホントのところで分かっていないな〜
と感じている。
仕方ないのも分かるが、
トレーナーとしての能力で大切なものの一つは、
「想像力」
「推察力」
そして、「共感力」である。
ま、かなり高度なんですが。
じゃ、中高年の指導者だから良いかと云うと、
そうとも云えない。
フィジカルエリート街道を歩んで来た人には、なかなか分かりづらい。
そういう意味では、
「運動、大っキライ!」
「超メタボリック」
な人(あるいは、元)
が指導者になるのが、結構良いかも…
今日はJATIの研修会に参加。
この歳になると、どうしてもアウトプットばかりになり、
意識していてはいても、気付くとインプットが怠りがちになる。
なので、こういう機会は極めて重要。
このような会に参加していつも感じる事は、
私のようなオッサン世代は意外に少ない事である。
ま、年代的に忙しい、
って事もあるでしょーが。
個人的には、
結構、歳喰うと、
あまり人の意見を聞かなくなる、
…ってのも理由としてはあるように思う。
長くやってると、
それだけで妙な自信、持っちゃうんすよ。
歳をとるほど、気ぃつけんと、ね…
んで、様々な識者の方々の話を聴けたのであるが、
中でも特に印象に残ったのは、
国立健康・栄養研究所の宮地元彦先生の講話。
基本的には様々な最新の研究成果から、
トレーニングが人体に与える影響を解説して下さる内容だったのだが、
後半は、遠回しにはおっしゃっていたが、
運動指導者への苦言であった。
つまり、
「皆さんの指導者としてのスタンスは、
基本的には運動に拒否感の無い方々をベースにしている」
と云うものであった。
この10年、フィットネスクラブの総会員数が増えていない現状を踏まえると、
むしろ運動が必要な方々を引き寄せているとは言い難い、
それは指導者の皆さんの一言一言が、
ちょっとした配慮が足りないからだ…
と云う内容であった。
これは、実は大変重要な事を示唆している。
大抵の場合、運動指導者になる人は、
スポーツをやっていたり、基本的には運動が嫌いでない方々。
その一方、運動が必要な人達は、
どちらかと言えば、運動に「モチベーションが無い方」。
そういう人達に、
「頑張れ」は通用しないし、
大事な事はそういう人達と「共感」「共鳴」「受容」する事だ、
と…
学者の先生としては(失礼)、
大変意義深いお話であった。
確かに、多くの指導者は運動嫌いではなく、
また、中高年にはなった「経験が無い」。
運動はやった方が良いことは分かっているが、
なかなかそういう気持ちになれない。
それは、「中高年の身体」になってみないと、
分からないことはあるのである。
だが…
周りの若い指導者の皆さんの表情を見渡すと、
明らかにピンと来てない様子がアリアリ。
私もパーソナルトレーナーの養成で、
「頑張らない、ことを伝えることが大事」とは訴えているが、
ホントのところで分かっていないな〜
と感じている。
仕方ないのも分かるが、
トレーナーとしての能力で大切なものの一つは、
「想像力」
「推察力」
そして、「共感力」である。
ま、かなり高度なんですが。
じゃ、中高年の指導者だから良いかと云うと、
そうとも云えない。
フィジカルエリート街道を歩んで来た人には、なかなか分かりづらい。
そういう意味では、
「運動、大っキライ!」
「超メタボリック」
な人(あるいは、元)
が指導者になるのが、結構良いかも…
2009年06月18日
最近の指導者を見て「危ういな〜」と想うこと
イエね、あたしだって決して偉そうな事は云えないんですが…
昨今は、昔と比較して、様々な新しいトレーニング理論やメソッド、
エクササイズプログラムが作られ、発表されている。
指導者たちは、金銭さえ払えば、
そういったものをセミナーやワークショップ形式で習得する事が出来る。
場合によってはビデオや書籍などによっても。
そういう意味では、
今の若い指導者の皆さんは、
かなり知識レベルは高い。
私の同年代の時代と比べても、
話にならないぐらい
の力を持っている。
ただ…
これは個人的にドーカと思っているのだが…
簡単に人に「教えて」しまう、
…という点がどーにも気になる。
例えば、私があまり経験のない「サッカー」を一定期間教わったとして、
それをすぐに他人に指導出来るか?…と
言えば…
そりゃ〜無理に決まってますわな。
もちろん、スポーツのような技術的な熟練が必要なものと、
エクササイズやトレーニングメソッドを指導するのとでは意味が違うのは理解出来るが…
例えば…
私事にはなるが、
私も色々な、高名な先生方の教えをいただきに出向いて来た。
だが、教えを受けて、
それをすぐに人に指導する、
なんて事はしたことがない。
というより、「出来ない」。
ある期間、自分がそれを実践し、
自分の身体に変化が表れたり、感覚の変化が感じられないと、
基本的に「指導」は有り得ないと考えるからである。
だから、私はそれほど多くのメソッドを習得はしていないし、
出来ない。
だが、人体に何らかの変化や実感を得ていただくのは、
その根本に「共通項」があるはずなので、
それが見いだせれば、あとは枝葉の部分であると考える。
「手段」のみに走らず、「目的」の追求に徹する…
…ただ、私のような立場の人間はそれでも良い。
特に、フリーのパーソナルトレーナーも含め、
フィットネスの現場にいる方々は、
現実問題として、そんな悠長な事は言ってられないのも事実。
一般民衆は、「飽きる」のが早い。
次から次へと新しいもの(新しく見えるもの)を提案して行かなければ飽きられるし、
新しい顧客を獲得出来ない。
それは十分理解出来るが、
新しいものを入れる為に、インスタント的に指導者を生み出し、
本人達も違和感を感じる間も無く習得(したかのように錯覚)し、
また新しいものが出てくれば古いものは忘れ…
まるで、マスコミのようである。
次から次へと新しいニュースが発生する中、
視聴者の餓鬼のような欲望に応えるべく刺激的なニュースを求め、
あれだけ大騒ぎし、重大だったニュースの後追いはほとんどなされず、
正にニュースが「使い捨てられていく」。
それと、全く同じ。
理想論ばかり振りかざすつもりは毛頭無いが、
それで本当に真の指導者が育つのか…?
実は、新しいメソッドを伝えているのは、
ベテランの指導者たちである現実。
これは結局、政治の世界と同じ構図になっている。
「国の仕組みというのは、
結局は頭の良い人が、頭の悪い人に分からないように、
わざと分かりにくくごまかして作るもの。
だから頭が悪いと永遠に騙され続ける。」
と、大ヒットしたマンガ、
「ドラゴン桜」の桜木先生が言っている。
恐らく、きっと本質なのだと思う。
誤解の無いように付け加えておくが、
全てのベテラン指導者が、どういう意図であるかは私には分からない。
また、新しいものを提案し続けて行かなければならないのも、
サービス業としては、これまた真実。
要は、理解した上でそれに乗っかるか、
ハタと気付いて自分の進む道を再度模索するか…
はたまた、私のように(笑)、
双方を理解した上で、風見鶏のように妥協点を見いだすかのようにウロチョロするか(再度笑)…
つまり、無意識はイかん…
と。
チャンチャン♪
昨今は、昔と比較して、様々な新しいトレーニング理論やメソッド、
エクササイズプログラムが作られ、発表されている。
指導者たちは、金銭さえ払えば、
そういったものをセミナーやワークショップ形式で習得する事が出来る。
場合によってはビデオや書籍などによっても。
そういう意味では、
今の若い指導者の皆さんは、
かなり知識レベルは高い。
私の同年代の時代と比べても、
話にならないぐらい
の力を持っている。
ただ…
これは個人的にドーカと思っているのだが…
簡単に人に「教えて」しまう、
…という点がどーにも気になる。
例えば、私があまり経験のない「サッカー」を一定期間教わったとして、
それをすぐに他人に指導出来るか?…と
言えば…
そりゃ〜無理に決まってますわな。
もちろん、スポーツのような技術的な熟練が必要なものと、
エクササイズやトレーニングメソッドを指導するのとでは意味が違うのは理解出来るが…
例えば…
私事にはなるが、
私も色々な、高名な先生方の教えをいただきに出向いて来た。
だが、教えを受けて、
それをすぐに人に指導する、
なんて事はしたことがない。
というより、「出来ない」。
ある期間、自分がそれを実践し、
自分の身体に変化が表れたり、感覚の変化が感じられないと、
基本的に「指導」は有り得ないと考えるからである。
だから、私はそれほど多くのメソッドを習得はしていないし、
出来ない。
だが、人体に何らかの変化や実感を得ていただくのは、
その根本に「共通項」があるはずなので、
それが見いだせれば、あとは枝葉の部分であると考える。
「手段」のみに走らず、「目的」の追求に徹する…
…ただ、私のような立場の人間はそれでも良い。
特に、フリーのパーソナルトレーナーも含め、
フィットネスの現場にいる方々は、
現実問題として、そんな悠長な事は言ってられないのも事実。
一般民衆は、「飽きる」のが早い。
次から次へと新しいもの(新しく見えるもの)を提案して行かなければ飽きられるし、
新しい顧客を獲得出来ない。
それは十分理解出来るが、
新しいものを入れる為に、インスタント的に指導者を生み出し、
本人達も違和感を感じる間も無く習得(したかのように錯覚)し、
また新しいものが出てくれば古いものは忘れ…
まるで、マスコミのようである。
次から次へと新しいニュースが発生する中、
視聴者の餓鬼のような欲望に応えるべく刺激的なニュースを求め、
あれだけ大騒ぎし、重大だったニュースの後追いはほとんどなされず、
正にニュースが「使い捨てられていく」。
それと、全く同じ。
理想論ばかり振りかざすつもりは毛頭無いが、
それで本当に真の指導者が育つのか…?
実は、新しいメソッドを伝えているのは、
ベテランの指導者たちである現実。
これは結局、政治の世界と同じ構図になっている。
「国の仕組みというのは、
結局は頭の良い人が、頭の悪い人に分からないように、
わざと分かりにくくごまかして作るもの。
だから頭が悪いと永遠に騙され続ける。」
と、大ヒットしたマンガ、
「ドラゴン桜」の桜木先生が言っている。
恐らく、きっと本質なのだと思う。
誤解の無いように付け加えておくが、
全てのベテラン指導者が、どういう意図であるかは私には分からない。
また、新しいものを提案し続けて行かなければならないのも、
サービス業としては、これまた真実。
要は、理解した上でそれに乗っかるか、
ハタと気付いて自分の進む道を再度模索するか…
はたまた、私のように(笑)、
双方を理解した上で、風見鶏のように妥協点を見いだすかのようにウロチョロするか(再度笑)…
つまり、無意識はイかん…
と。
チャンチャン♪
2009年06月15日
逆の立場で考えれば分かること
ここ数年、テレビの報道に於いての「やらせ」が問題になっているが、
また最近、何でもTBSでやらせ問題が起きた事を聞いた。
意図した映像になるように、
現場で作業する方々に「演技」をしてもらったらしく、
これが「縦割り行政の弊害」を訴えた趣旨のようで、
後ほど問題になり、キャスターが謝罪などしたらしい。
以前にも書いた事があったが、
私は若い頃にドキュメンタリーの取材を受けて出演した事があり、
いわゆる「ドキュメンタリー」なんてのも、基本は「ドラマ」である、
と云うことを肌で感じている。
これは、ニュース番組での取材のコンテンツでも同様であると推察される。
私が出演したのはドキュメンタリーではあったが、
スタッフから
「こーしてくれ」
「あーしてくれ」
のオンパレード。
つまり、ドキュメンタリーと云えども「演出」があり、
要は若干ホントっぽい「ドラマ風」であるだけだ。
ちょっと考えれば分かること。
よく、「大家族もの」のドキュメンタリーをやっているが、
カメラが目の前で回っていて、
果たして素の姿がどこまで出せるものか?
意識しないわけはないし、
全て演技とは云わないが、素であるとは言い難いのは必然。
恐らく、
ドキュメンタリー、と成り得るのは限られたケース。
「動物」
「子供」
「身体的な特殊な事情を持った方々」
「切羽詰まったスポーツの現場」
などなど…
…以外は、少なからず「やらせ」が入る。
いや、ある意味仕方ない。
要は、視聴者が自ら、
ある程度理解して観るしかない。
自分に置き換えて見れば分かる。
カメラを向けられて、素の自分を出せますか?
出来るとしたら、「盗撮」のみ。
ドキュメンタリーは、どこかで「ドラマ」と半分捉える必要がある。
ニュースで「やらせだ!!」と目くじら立てるより、
全てのニュースのドキュメンタリー的映像は、
半分以上はドラマ、と娯楽的感覚で観るしかない。
そのようにしてしまったのは
「テレビ」であり、
あるいは「私たち」であるのだから。
また最近、何でもTBSでやらせ問題が起きた事を聞いた。
意図した映像になるように、
現場で作業する方々に「演技」をしてもらったらしく、
これが「縦割り行政の弊害」を訴えた趣旨のようで、
後ほど問題になり、キャスターが謝罪などしたらしい。
以前にも書いた事があったが、
私は若い頃にドキュメンタリーの取材を受けて出演した事があり、
いわゆる「ドキュメンタリー」なんてのも、基本は「ドラマ」である、
と云うことを肌で感じている。
これは、ニュース番組での取材のコンテンツでも同様であると推察される。
私が出演したのはドキュメンタリーではあったが、
スタッフから
「こーしてくれ」
「あーしてくれ」
のオンパレード。
つまり、ドキュメンタリーと云えども「演出」があり、
要は若干ホントっぽい「ドラマ風」であるだけだ。
ちょっと考えれば分かること。
よく、「大家族もの」のドキュメンタリーをやっているが、
カメラが目の前で回っていて、
果たして素の姿がどこまで出せるものか?
意識しないわけはないし、
全て演技とは云わないが、素であるとは言い難いのは必然。
恐らく、
ドキュメンタリー、と成り得るのは限られたケース。
「動物」
「子供」
「身体的な特殊な事情を持った方々」
「切羽詰まったスポーツの現場」
などなど…
…以外は、少なからず「やらせ」が入る。
いや、ある意味仕方ない。
要は、視聴者が自ら、
ある程度理解して観るしかない。
自分に置き換えて見れば分かる。
カメラを向けられて、素の自分を出せますか?
出来るとしたら、「盗撮」のみ。
ドキュメンタリーは、どこかで「ドラマ」と半分捉える必要がある。
ニュースで「やらせだ!!」と目くじら立てるより、
全てのニュースのドキュメンタリー的映像は、
半分以上はドラマ、と娯楽的感覚で観るしかない。
そのようにしてしまったのは
「テレビ」であり、
あるいは「私たち」であるのだから。








